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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)70063号 判決 1982年9月06日

原告 日東貿易株式会社

被告 テーケー商事株式会社 外一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一億一〇一九万三九一五円及びうち金一億〇一四三万三八六七円に対する昭和五六年一〇月五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  原告の請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1 原告は、別紙約束手形目録のような手形要件が記載され裏書の連続する約束手形一三通(以下、それぞれの手形のことを、同目録に付した番号により「本件手形(1) 」などという。)を所持している。

2  被告テーケー商事株式会社(以下「被告テーケー」という。)は、本件各手形を振り出した。

3  被告株式会社ナカミ(以下「被告ナカミ」という。)は、本件各手形に支払拒絶証書作成を免除して裏書した。

4(一)  原告は、本件手形(1) 及び(11)ないし(13)を満期に支払のため支払場所に呈示したが、その支払を拒絶された。

(二) 本件各手形の振出人である被告テーケーは、昭和五四年一二月八日、銀行取引停止処分を受けて支払を停止した。そこで、原告は、本件手形(2) ないし(13)を満期前の昭和五四年一二月一七日被告テーケーの本店(東京都文京区向丘二丁目三番八号八〇六)において同被告に対し支払のため呈示したが、その支払を拒絶された。

なお、昭和五四年一一月から本件各手形の満期までの間、本件各手形の支払地たる東京都台東区には、被告テーケーの営業所は存在しなかった。

5(一)  訴外磯村宝飾株式会社(以下「磯村宝飾」という。)は、本件各手形に支払拒絶証書作成を免除して裏書したものであるが、同社は昭和五四年一一月一二日破産宣告をうけ、原告は、破産者磯村宝飾株式会社破産管財人より本件各手形金債権について昭和五五年一一月一一日に一二二四万八四〇八円、昭和五六年一〇月五日に九七九万八七二五円の配当を受けたので、これを本件各手形金元本に充当した。

(二)  さらに、原告は、磯村宝飾の原告に対する右債務についての連帯保証人たる訴外岩崎正雄より、昭和五六年六月二四日、本件各手形金債権について一五〇万円の内入弁済を受けたので、これを本件各手形についての昭和五五年四月一五日から同年一一月一〇日までの手形法所定の年六分の割合による利息(四二六万〇四六四円)の一部に充当した。本件各手形についての右期間の利息残金は二七六万二六三一円であり、昭和五五年一一月一一日から昭和五六年一〇月四日までの手形法所定の年六分の割合による利息は五九九万七四一七円である。

6  よつて、原告は、被告らに対し、各自本件各手形元本残金一億〇一四三万三八六七円並びに本件各手形についての昭和五五年四月一五日から昭和五六年一〇月四日までの利息の残金八七六万〇〇四八円、以上合計金一億一〇一九万三九一五円及びうち本件各手形元本残金一億〇一四三万三八六七円に対する昭和五六年一〇月五日から支払ずみまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  (被告ら)

請求の原因1ないし5の各事実は、いずれも認めるが、同4の(二)記載の事実をもつて、本件手形(2) ないし(10)について遡求の要件としての適法な呈示があつたとする点は争う。

2  (被告ナカミの主張)

原告は、本件手形(2) ないし(10)を支払のために満期またはこれに次ぐ二取引日内に支払場所に呈示していないから、これらの約束手形金八三四八万一〇〇〇円の遡求権を喪失している。

即ち、手形法四三条後段所定の事由が生じたときは、満期前においても遡求義務者に対する遡求権が発生するが、この遡求権は、満期またはこれに次ぐ二取引日内に現実に支払の呈示をすることを怠ること及び支払拒絶証書の作成を怠ること(支払拒絶証書の作成を免除した裏書人に対しては、この要件は不要。)を解除条件とし、この条件が成就したときは遡求権は遡つて消滅すると解するのが妥当である。けだし、遡求権が発生するのは、同法四三条前段の場合が原則であり、同条後段の場合は例外的に遡求権が発生するにすぎないと解すべきだからである。

三  抗弁

1  詐欺(被告らの抗弁)

(一) 被告テーケーの本件手形(4) ないし(13)の振出は磯村宝飾の詐欺によるものである。

即ち磯村宝飾は、昭和五四年八月初旬被告テーケーに対し、磯村宝飾の原告に対する約一億二〇〇〇万円の債務の担保として原告に預けている磯村宝飾所有の宝石類(約一億二〇〇〇万円相当)を買受けるよう申し込んだ。当時磯村宝飾は経営が悪化し信用を失つていたため、被告テーケー及び被告ナカミは、磯村宝飾が言う原告が預り保管中の商品であるならば、これを買取ることとし、その代金支払のため手形の振出や裏書をすることにしたのである。そこで被告テーケー代表取締役柏瀬武男(以下「柏瀬」という。)は、同年同月一五日ころ原告方で商品の下見をしたうえ、同月二二日、磯村宝飾に対して原告が預り保管中の右宝石類の買取りを約し、また、磯村宝飾は同日、被告テーケーに対して右宝石類を原告から受取り次第これを被告テーケーに引き渡すことを約したので、同被告は、同日本件手形(4) ないし(13)を振り出し、保証の趣旨で被告ナカミの裏書を付してこれを実質上の受取人たる磯村宝飾に交付した。しかるに、磯村宝飾は、翌二三日までに右宝石類を被告テーケーに引渡さず、その後の再三の同被告の請求に対し、同被告が原告方で下見をしたものとは別の、しかも評価額四千万円ないし五千万円程度の商品の引渡をしただけであつた。

原告が、昭和五四年八月二三日、磯村宝飾に対して後記原告主張の本件商品を引渡したことは否認する。後記原告主張の本件商品の大半は、同日より前に原告から磯村宝飾に引渡されていたのである。

以上要するに、磯村宝飾は、本件売買契約後に原告から磯村宝飾に対して右宝石類が引渡されるという虚構の事実をねつ造し、右宝石類を被告テーケーに売却する意思はなく他に転売して資金調達の具にしようと思つていたのにそうでないかのように装い、その旨誤信した同被告から本件手形(4) ないし(13)を騙取したものである。

被告テーケーは、昭和五六年一一月五日、破産者磯村宝飾株式会社破産管財人に対して、本件手形(4) ないし(13)の振出を取消す旨の意思表示をした。

(二) 磯村宝飾は、右宝石類を処分して得た金を本件手形(4) ないし(13)の決済資金にあてる意思がなく他の目的に使用する算段でありながら、被告ナカミに対し柏瀬を介して、右宝石類の処分金で右決済資金を調達し被告ナカミには迷惑をかけないと欺いて、その旨誤信した被告ナカミに右各手形の裏書をさせたものである。

被告ナカミは、昭和五六年六月二五日、破産者磯村宝飾株式会社破産管財人に対して、本件手形(4) ないし(13)の裏書を取消す旨の意思表示をした。

(三) 原告は、磯村宝飾より本件手形(4) ないし(13)を取得したが、右取得の際、磯村宝飾の被告テーケー及び被告ナカミに対する前記詐欺の事実を知つていた。

2  自然債務(被告ナカミの抗弁)

原告取締役大森力明及び同取締役経理部長森久保弘三は、昭和五四年一二月七日ころ、被告ナカミ代表取締役中村美俊に対して「原告は、被告ナカミに対して本件各手形金を請求しないし、また請求する筋でもない。」と述べた。よつて、被告ナカミが本件各手形について原告に対して負う債務は、自然債務である。

四  抗弁に対する認否

1  詐欺の抗弁に対する認否、反論

本件手形(4) ないし(13)の被告ナカミの裏書が実質的には保証の趣旨でなされたものであり右各手形の実質上の受取人は磯村宝飾であること、被告らが各主張にかかる取消の意思表示をしたこと及び原告が磯村宝飾から右各手形を取得したことは認めるが、磯村宝飾の被告テーケーに対する詐欺の事実は不知、磯村宝飾の被告ナカミに対する詐欺の事実及び原告が各詐欺の事実を知つて右各手形を取得したことは否認する。

原告は、昭和五四年八月ころ磯村宝飾に対して約一億二〇〇〇万円の債権を有し、同月一〇日以降も同社所有の宝石類(但し別紙商品一覧表記載の商品のうち返還日欄に8/23と記載のものという趣旨である。以下「原告主張の本件商品」という。)を譲渡担保の趣旨で買い受けて所持していたところ、磯村宝飾との間で被告テーケー振出の一億二〇〇〇万円の手形に被告ナカミの裏書を付したものを磯村宝飾が原告に裏書交付すれば原告主張の本件商品を磯村宝飾に返還する旨合意した。そこで、柏瀬の同月一五日ころの原告方における原告主張の本件商品の下見を経て、被告テーケーと磯村宝飾との間で原告主張の本件商品の売買契約が成立し、同月二二日、被告テーケーが被告ナカミの裏書のある本件手形(4) ないし(13)を磯村宝飾に交付した。そして、原告は、同月二三日磯村宝飾から右各手形の交付を受けるのと引換えに、同社に対して原告主張の本件商品を引渡したものである。

2  被告ナカミ主張の自然債務の抗弁は否認する。

第三証拠<省略>

理由

一  請求の原因1ないし5の各事実は、当事者間に争いがない。

そこで、本件手形(2) ないし(10)の呈示の効力について判断する。

まず、手形法七七条四号、四四条五項により約束手形の所持人が振出人に対して支払のための呈示をなす場合には、その呈示の時の振出人の営業所(営業所なきときは住所。以下同様。)において呈示をすべきであり、また、支払地内に振出人の営業所が存在しないときに支払地外の振出人の営業所に呈示したとしても、支払のための呈示の効力の発生を妨げるものではないというべきである。

次に、約束手形の所持人が裏書人に対して遡求権を行なうのに満期またはこれに次ぐ二取引日内に支払のための呈示及びその拒絶を要件とするのは、約束手形金は本来満期に振出人から支払われるべきものであり、いまだ振出人による満期における支払がなされないことが明らかにはなつていないにもかかわらず遡求権が発生するというのは適当ではないが故であると解される。そして、手形法七七条四号、四三条が約束手形の所持人が振出人の支払停止の場合にも遡求権を行なうことができるとしたのは、振出人の支払停止の事実が発生したときは振出人が満期に支払をしない蓋然性が高いため敢えて満期の到来まで待つまでもなく、遡求権を行使し得ることとして、所持人を救済すべきであると考えたものと解すべきである。そうであるとすれば、振出人に支払停止の事実が発生し、所持人が満期前に振出人に対して支払のための呈示をし支払が拒絶されたときには、結局振出人が満期に支払をしない場合と同一に帰し、遡求権は無条件で発生するというべきであり、こう解することが手形法四八条二項、四九条の趣旨とも合致するのであり、被告ナカミが主張するように満期またはこれに次ぐ二取引日内に再度支払のための呈示をすることを怠ることを解除条件として遡求権が発生すると解すべき理由はない。

したがつて、請求の原因1ないし5の各事実は、被告両名に対する請求の原因として欠けるところはないというべきである。

二  被告ら主張の詐欺の抗弁について判断する。

1 成立に争いのない甲第一五号証、証人大森力明、同磯村正明の各証言及び被告テーケー並びに被告ナカミ各代表者尋問の結果によれば、原告は、昭和五三年一一月に当時経営難に陥つていた磯村宝飾に対して同社所有の宝石類などの商品を担保にとつて融資を開始し、その後も融資の追加、担保商品の追加、差替えを繰り返しており、昭和五四年八月には融資残高が約一億二〇〇〇万円になつていたこと、そのころ磯村宝飾と被告テーケーは、磯村宝飾が原告に担保として預けている右商品全部を磯村宝飾が原告から取り戻して被告テーケーに売却することにし、同月一五日柏瀬は原告方における商品の下見を経て右商品の買受けに合意し、また信用のある手形と引換えでないと商品の引渡しには応じないという原告の要求を受け入れることにしたこと、そこで、被告テーケーは同月二二日自己振出の本件手形(4) ないし(13)に実質的には保証の趣旨で被告ナカミに裏書をしてもらつたうえでこれらを磯村宝飾に交付し、同社は翌二三日これらの手形を原告に交付したことが認められる(本件手形(4) ないし(13)の被告ナカミの裏書が実質的には保証の趣旨でなされたこと及び原告が磯村宝飾から右各手形を取得したことは、原告と被告テーケーの間で争いがない。)。

2  原告主張の本件商品が原告から磯村宝飾に引渡された時期について判断する。

証人磯村正明の証言により真正に成立したものと認められる乙(イ)第一号証の一ないし三四(磯村宝飾の商品管理台帳)には、昭和五四年八月一〇日以前に原告主張の本件商品の一部が磯村宝飾に返還されたかの如く解されなくもない記載があるが、同証人の証言によれば右乙(イ)第一号証の一ないし三四には磯村宝飾の原告に対する担保の差入及び受戻に伴う右両社間の占有の移転は記載されていないことが認められ、また、被告テーケー代表者尋問の結果によれば、被告テーケーは昭和五四年八月二三日より前に磯村宝飾から原告主張の本件商品の一部を買い受けたことが認められるが、右尋問の結果によれば、右売買は磯村宝飾の決算上の売上げ額を増やす目的で行なつた商品の移動を伴わない伝票上の操作による売買であつて、被告テーケーは右売買による現実の商品の引渡しを受けていないことも認められるのであり、さらに、被告テーケー代表者は、「昭和五四年八月一五日に原告方で下見をした商品は、原告主張の本件商品よりも数が多く、また、下見をした商品には磯村宝飾の商品についているはずのタック(商品につける札)がついていないなどの不審な点が多く、下見をした商品は原告主張の本件商品と異なるものである。」と供述するが、一方同人は「下見の際右商品について一億二〇〇〇万円の価値があると見た。」「下見をした商品の種類及び個数を一々点検して確かめてはいない。」などとも供述していること及び証人大森力明、同磯村正明の各証言に照らすとき右供述は採用することができない。以上によれば、前掲乙(イ)第一号証の一ないし三四及び原告テーケー代表者の供述によつて、原告主張の本件商品が原告から磯村宝飾に引渡された時期が昭和五四年八月二三日より前であつたことを認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて、証人大森力明、同磯村正明の証言により真正に成立したものと認められる甲第一六号証の一ないし一一及び同証人らの証言によれば、柏瀬が下見をした商品及び磯村宝飾と被告テーケー間の売買の目的物はいずれも原告主張の本件商品であり、原告は、昭和五四年八月二三日、磯村宝飾から本件手形(4) ないし(13)の交付を受けるのと引換えに同社に対して原告主張の本件商品を引渡したと認めるのが相当である。

3  そうすると、右認定事実に反する事実を前提とする被告テーケーの本件手形(4) ないし(13)の振出が磯村宝飾の詐欺によるものであるとの主張は、その余の点について判断するまでもなくその前提を欠き、失当であるといわざるを得ない。

4  本件全証拠によつても、被告ナカミ主張にかかる磯村宝飾の被告ナカミに対する詐欺の事実を認めることはできないからその余の事実について判断するまでもなく、被告ナカミの詐欺の抗弁は失当である。

三  被告ナカミ主張の抗弁2(自然債務)について判断する。

被告ナカミ代表者は被告ナカミの主張に沿う供述をするが、右供述は証人大森力明の反対趣旨の証言に照らしにわかにこれを措信することができず、他に抗弁2の事実を認めるに足る証拠はない。

四  よつて、本訴請求は理由があるからいずれもこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文の規定を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項、二項の規定をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村重慶一 梅津和宏 野山宏)

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